鮎川哲也

■ 五つの時計 短編傑作選T 昭和32年から35年にかけての作品だけあって文章に多少の古臭さがあります。当然今では通用しないトリックも ありますが、それは作品を楽しむのとは何の関係ない問題で、指摘するのは野暮というものです。 そして全10話の内4話が鉄道モノです。 では、鉄道モノ以外の各話寸感を 五つの時計  アリバイ崩しモノ。アリバイを成立させる5つの時計に隠されたそれぞれのトリックを破るというのが、なかな か熱くなれる展開で良かったです。   白い密室  雪の密室破りモノ。雪に残った足跡から不可能犯罪を推理するという今ではありふれた感じのする話でしたが推 理の過程は伝統芸能的で楽しかったです。   愛に朽ちなん  情緒的なところが良かったです。   道化師の檻  本格テイスト溢れる作品でした。殺人現場で目撃された道化師はどこに消えたのかということを軸に、今でも十 分楽しめるトリックが使われていて楽しめました。   薔薇荘殺人事件  問題編と解答編に分かれていて、いわゆる読者への挑戦状形式の作品。私は残念ながら犯人を当てることはでき ませんでした……。これもフェアな作りで良かったと思います。   悪魔はここに  見立て殺人。まあまあだったと思います。犯人の諦めが良すぎたような気がしますが。 ■ りら荘事件創元推理文庫  もっと早くに出会いたかった本格ミステリの傑作  読み終わって、まさに本格ミステリだったと思います。今まで読んできたミステリが濃縮して詰め込まれて いるような印象というか、むしろ今まで読んだミステリはこのりら荘事件を希釈したもののように感じてしまい ました。  例えるならカルピスの原液……、とまあそこまで濃くはないにしても原液(トリック)を贅沢に使っているこ とは間違いありません。  犯人当てとしてもあくまでフェアで、読み終えてから様々な伏線に気づかされます。これらを完全に推理して 当てきったとしたら最高の気分になれると思います。私はなれませんでした……。  ただ、問題に感じる点もないわけではありませんでした。昭和31年の作品であるため、言葉遣いや言い回しが 古かったり、現在の常識とは異なる考えがあったりとその都度読書速度を減速させなくてはなりませんでした。 《目次を見れば分かることですが一応伏せ字》  しかし最大の問題は、あまりにも……、あまりにも警察が無能過ぎることです。この事件は犯人と警察の両方 が作り上げたと言っても過言ではないでしょう。この時代の警察はこのくらいの能力しかなかったのかもしれま せんがひどすぎます。自分の過失で人が殺されていて、そのことを指摘されたときに顔を赤らめて恥ずかしがる というのはどういう神経なのか理解不能。当時は警察に対する不信感が高かったとかでこんな表現になっている んでしょうか? なんにせよそこだけが特に気になりました。  そして最後に登場する名探偵星影龍三はそのキャラクターを前面に押し出してくることもなくさっと現れ、さ っと退場していったところが非常に好感が持てました。このくらいあっさりした探偵もいいです。  ミステリ、特に本格好きの方は読んで損はない作品。
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